コムトゥジュール(14)『リーフパイ』『チーズパイ』

京都市北区、地下鉄北大路駅の北5、6分、北山通沿いにあるのが「コムトゥジュール Comme Toujours」さん。つねづねパイ名人としてご紹介している蜂谷康倫シェフ(1965年生まれ)のお店です。
1996年オープンですから、もう20年以上、不変のスタイルで日常に寄り添ったお菓子を作りつづけています。世間に先んじて焼きっぱなしのタルト類などを常時、豊富にラインナップしたのがこちら。
先進のスタイルで突っ走りながら、ご本人は「“超B級”ですから」とアーティスト志向を否定して、素直に美味しいお菓子の職人に徹しているのです。徹底して生地の美味しさを追究しているので、時代に流されるということもありません。つねに変わらず美味しいお菓子のお店でありつづけているのです。偉業と言いたくなりますね。
本日は何度も食べて大好きな、セック系のパイをご紹介しましょう。いずれも絶品です。


●『リーフパイ』  7.5×4.7cm 厚み1.7cm 20g(2枚)ほど。
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ほぅ、美しく可愛い姿のリーフパイ。ぷっくりとお腹の膨れたパイ。
生地はこちらの顔とも言うべき『ミルフイユ』と同じだそうです。へぇ、全然違う作り方と思いきや(だって見るからに違う表情だから)、「ちょっと厚めに延ばしているかな」とのこと。
よく浮いています。食べると分かりますが、中はちゃんと層が保たれています。カットした断面をお見せしたかったな、気持ちのいいほどのまっすぐな線! 凄いっ。生地を型抜きしたり、模様を刻んだりしていますが、生地が丁寧に大切に扱われていることが伝わってきます。

両面カソナードで美しくカラメリゼ。ところどころ粒々を残すレベルで止めていますね。カソナードを打ち粉代わりに振りまいて生地を折っているそうです。だから一部生地に砂糖が食い込んでいる部分もあるとか。
カリッサクと軽やかな食感、なんて心地いいのでしょう! とともに、バター、焼き込んだ生地、カソナードならではのカラメルの薫りが渾然一体となって押し寄せてきます。

嗚呼、優しくうっとりするような甘さ。それがカラメルの甘さとして分離して感じられるのではなく、生地と一体となった味わいなのです。なんという一体感。パイ生地にはもちろん塩気が含まれていますから、奥の深い甘味でもあるのです。かといって重くなり過ぎることもありません。
食感の軽さを裏切らない、爽やかに通り過ぎて行く甘さといえばいいでしょうか。
ヴォリューム感といい、計算され尽くしています(ご本人はそんな細かな計算はしたことないですよ、と否定されますが)。うぅむ、お見事です!

ちなみに、オープン当初から作ってきたそうです(こちらのミルフイユの時にもご説明しましたが、じつは微妙に変わっているそうですよ)。ずっと愛されつづけてきたお菓子なのですね。


●『チーズパイ』  4.3×2.8cm 厚み1cm 50g(全)ほど。
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これまた大好物のパルミジャーノレッジャーノのパイ。名品です。
薄力粉のみのブリゼ。薄力だけだと「なかなか柔らかくならないというか融通が効かない生地なんですよね。強力が入ると弾力があるというか…」とのこと。休ませる温度にも細心の注意を払っている様子。
いつもながら、生地の話しになると蜂谷シェフ、どこかウキウキとした感じで、根っからの職人さんなんだなぁ。

さて。ルーラーで三角に切りそろえています。ギザギサがカジュアルで可愛い。卵白を塗った片面にパルミジャーノレッジャーノを満遍なく振りかけて焼いています。
ふうぅ~チーズの薫りのいいことといったら、もう。
焼いて香ばしさをフルに抽き出していて、少しも焦げ臭を出さないのです(たまにチーズパイは焦げ臭いところがあるのです)。乳の薫りすら感じさせるのですからね。その焼き加減でパイ生地も完璧に焼けているというベストポイントを見出しています。ここに至るまでにはチーズの量をどれくらいにするか試行錯誤があったのではないでしょうか。

今もタイマーで自動的に窯出しすることはありません。その日の気温やら湿度はもちろん、折る人でも変わるし、素材の状態でも変わる。だからタイマーはあくまでも目安。ベストのピンポイントを心掛け、焼きが足らずに粉っぽさが残ったり、オーバーして焦がしたりということのないように、集中して焼いているのだそうです。そう、誠心誠意。

おかげでチーズの旨味とパイ生地の旨味、お互いが高めあって、より一層高みの世界へ。クラッカーっぽい軽快な食感も楽しい。あぁ美味しいッ、あぁ止められないッ、あぁ素晴らしすぎるッ!



いろいろ書きましたが、蜂谷シェフ(ほとんどのシェフがそうです)は大変な苦労や技術の工夫、格闘する日々を知ってもらって、だからお客さんには心して食べて欲しい、なんて気持ちはまったくありません。見えないところのことなんて、なーにも知らないまま、“あぁ美味しかった~”、と気楽に食べて楽しいひとときを過ごして欲しい。ただそれだけの想いで作っています。

ということで、とくに下記の内容は食べ手に向けて、というより、若きパティシエに向けてです。
でも、シェフはいつも「なにも特別なことはしていません」と謙虚な言葉ばかりで、実際そう思われているようです。また、若手に苦言めいたことをおっしゃったこともありませんし、もともと新店に興味津々というわけでもありません。そういったことを踏まえて、読んでくださいね。

蜂谷シェフ、ただパイ名人というだけではありません。信念の人でもあります。
そう、ホールサイズ(長いサイズ)の『ミルフイユ』を毎日何台も売っているのです。長ーいミルフィーユですぞ。こんなお店、初めてです。そうそう、大人気の焼きっぱなしも当初は全然売れなかったそうです。
それがなんと、オープン当初からの品揃え(最初は一人で作っていたので大きなショーケースを満たすため、という思いもあったそうです)ですからね。注目のお店ではありましたが、それでも人気商品として売れ続けるまでどれくらいの我慢の日々があったことか。「自分が美味しいと思ったものを食べて欲しいのなら、売れるまで我慢しないとダメです。そりゃあ最初の頃は大変でしたよ、でも止めようとは思わなかったなぁ」と蜂谷シェフ。
さらに「もちろん売れ残ることはありますよ。でも一番美味しい時に食べてもらえなかったんだから、廃棄処分にするのはしょうがないじゃないですか。ケーキはもともとそういうロスを前提にした商品なんです」とデセールの世界で育った人(神戸ポートピアホテル「アラン・シャペル」)らしい言葉がぽろり。レストランは、一番美味しい“頂点”の為に作っていて、一番ベストなものをジャストタイミングにサーヴする。そういったデセールならでは醍醐味を当然のこととして身に付けているシェフなのです。
それで、ご自分のお店でも、お菓子の美味しさのベストポイントは焼きの厳密なポイントの探求に加えて、賞味期限に付いても、素材の旬についても明確なラインを敷いてけっして譲らない姿勢を貫いています。
それを長く続けることで逆にお店の評価を高め、多くのリピーターに支えられる現在に繋がっているのです。「だから細く長く続けられてるんじゃないですか」とニッコリ。

パイ菓子を置かないお店の言い訳は「売れないからすぐ破棄しないといけないし、原価率も高いし」なのですが、売る姿勢があれば売れるようになるのになぁと蜂谷さんご夫妻を見ていると確信しますね。“自分が大好きな味だからぜひ食べて欲しい、絶対に美味しいんだから”という信念は必ずお客様にじわじわと伝わっていくものなのです。長く愛される商品を生み出した人たちは、皆、育ての苦しみを経験しています。だから“絶対”といえるのです。
自分が大好きな売りたいと思う商品で売れるようになりたいと思いませんか。

●『リーフパイ』180円  『チーズパイ』500円  (※外税)
●「コムトゥジュール」
 京都市北区小山元町50-1  TEL075-495-5188  定休日/水曜  営業時間/10:00~19:30