●特集19/エスワイルの面影を追って…「モカロール 5店」

東京にかつて「エスワイル」という名店がありました。フランスからの帰国組がいっせいに花開いた1970年代末までは、ケーキの修業をするなら、この「エスワイル」(1951年創業/2011年閉店)と「ルコント」(1968年創業/一度閉店し再開)が二大巨頭だったと言われています。
私たちは寡聞にして、恥ずかしいかぎりですが、その存在の大きさに無知のままでいたのです。
この春(2018年3月)「パティスリー ビガロー」を訪ねた際に、フランス帰りの石井シェフがモンブランやオペラには自分なりの主張を加えているのに、『ルーローモカ』だけは修業先の「レピドール」、さらに遡って「エスワイル」のルセットを守っていると聞かされたのです。それだけ大切にされるお菓子と「エスワイル」という存在の重さを思い知らされたのでした。

帰ってから調べてみると、横浜の老舗ホテル「ニューグランド」に戦前招聘されたシェフ、サリー・ワイルという人が大活躍していたこと、多くの弟子を育てたことを知りました。戦争とともに活躍の場を奪われ、戦後失意のうちにスイスに帰国するのですが、それでも日本人料理人、菓子職人の留学の世話を長く続けてくれた大恩人だということなのです。
数えきれないほどの弟子の中にいたのが、大谷長吉さんというパティシエ。「エスワイル」の初代シェフです。ここの看板商品が『ルーローモカ』。スタッフとして本格的に修業した人として有名なのは「成城アルプス」の初代シェフ太田恵久さん、「レピドール」の大島陽二さん、「リリエンベルグ」の横溝春雄さん。そのほかにも多くの人が講習を受けてルセットを引き継いだと言われているのです。大谷シェフが憧れの存在であっただけでなく、“ルーローモカ”が誰からも愛されるお菓子だったからこそ、誰もが自分の店のお菓子としたのでしょう。

それほど影響力の大きかったお店の風韻だけでも触れることが出来ないかと、『マロンシャンティリー』『クレームドオメール』『ババロアバニーユ』など有名なお菓子が数多くある中で『ルーローモカ』に焦点を当て、5軒のお店の『ルーローモカ』をいただきました。


●「アルプス洋菓子店」『モカロール』   厚み2.8cm 横6.8cm 高さ7cmほど。
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1959年の創業。
「成城アルプス」は元々こちらから暖簾分けで独立したお店だそうです。こちらが本家とも言えます。

塩気がはっきり感じられる味わいは共通しています。
常温に長く置いたせいもあるかもしれませんが、クリームがなめらかで生地との一体感に優れています。コーヒーの香りも華やか。

老舗の気位が感じられる凛とした味わいですね。




●「成城アルプス」『モカロール』   厚み3cm 横7.4cm 高さ6.8cmほど。
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1965年創業。
「エスワイル」の存在を知らなくても、モカロールといえば「成城アルプス」と言われるほどに、全国的に名を馳せています。

さて。なんとも美しい巻き。ふぅ、これぞロールケーキ! (なお、この感想は5件とも一緒です)
巻かないのはロールじゃないでしょと思ってしまう私です。

コーヒー風味の生地は、共立てといいますからジェノワーズの部類。それにしてはずいぶんと強いコシがあります。
カフェクリームはバタークリーム。コーヒー液とバターとイタリアンメレンゲ。トップに粉糖。

口溶け良く軽い食感。塩気もかなり。生地もクリームも珈琲を満喫するお菓子。
食感といい、塩気を含んだ意外と強い味わいといい、しっかりした存在感のある、今もなお時代の最前線にいることに納得せざるを得ない味わいです。



●「レピドール」『ルーローモカ』   厚み3cm 横7.8cm 高さ6cmほど。
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1973年創業。
こちらはビスキュイと書かれていましたが、軽やかな食感。
クリームに軽い塩気が感じられます。なめらかで鮮やかな口溶け。
全体に気品溢れる味わいとなっています。

生地を焼く時に、溶かし込んだ砂糖がカラメル化するまでしっかり焼くことが大切とのこと。それが目に見えない豊かな風味になっているようです。

大島会長にお話を伺うと「時代に合わせて変化させてもという思いもあるけれど、それ以上に地元のお客様の変えないでほしいという声の方が大きい」とのこと。うんうん、むべなるかな。

刺激的であることは、品下ることに繋がりやすいもの。田園調布という町にふさわしい上品でいて満足感のあるお菓子は、永遠不滅を想わせます。



●「ビガロー」『ルーローモカ』   厚み3cm 横7.8cm 高さ6cmほど。
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こちらは「レピドール」で長年シェフを務め、2014年に独立した石井シェフのお店。

ルセットを何一つ変えずに受け継いでいるとのこと。そういえば、けっこう大雑把に測っているというのに、サイズがまるっきり一緒ですね。

生地の食感、クリームの口溶け、味わいの濃度、全体が醸し出す気品、そのすべてが「レピドール」そっくり。
でも作り手が変わると味はどこか変わるもの。だから、面白い。


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石井シェフは『オペラ』でもコーヒーに強いこだわりを示していましたが、ここでも珈琲の香りが一際新鮮に馥郁と感じられました。

(※右のビジュアルは店内に飾ってあった『ルーローモカ』のイラストです)






●「ストレル」『ルーロー ド モカ』   厚み3cm 横9.5cm 高さ6.8cmほど。
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1958年の創業。
現在92歳の長谷川崇志さんが独学で始めたお店だそうです。
「エスワイル」の講習を受けてルセットを受け継いだ代表的な存在だといえるでしょう。

生地はふっくらと空気を多く含んだタイプ。クリームもたっぷり。コーヒーの香りはリキュールを使っているようです。

千駄木という下町にありながら、多くの文化人が色紙を寄せているように、自慢にしたくなるお店。洋書のルセット本から学ぶことが中心だったとは思えない完成度。
今は娘さんが作っているのですが、水準を維持し、美味しさを伝えてくれていることには頭が下がる思いがします。


一つの水源から発した流れが、ほんの少しずつ姿を変えながらケーキファンの渇を癒しつづけている歴史を垣間みた思いがします。どのお店も自信たっぷりに“看板商品”としていることに感銘を受けました。



●「アルプス洋菓子店」/『モカロール』477円(※外税)
  東京都豊島区駒込3-2-8  TEL03-3917-2627  定休日/火曜  営業時間/10:00~20:00

●「成城アルプス」/『モカロール』330円(※内税)
  東京都世田谷区成城6-8-1  TEL03-3482-2807  定休日/火曜  営業時間/9:00~20:00

●「レピドール」/『ルーローモカ』310円(※内税)
  東京都大田区田園調布3-24-14  TEL03-3722-0141  定休日/水曜  営業時間/9:00~19:00

●「パティスリー ビガロー」/『ルーローモカ』360円(※内税)
  東京都世田谷区桜新町1-15-22  TEL03-6804-4184  定休日/水曜  営業時間/9:00~19:00

●「フランス菓子 ストレル」/『ルロー ド モカ』340円(※内税)
  東京都文京区千駄木5-50-4  TEL03-3828-0615  定休日/木曜・日曜  営業時間/10:00~18:00