パティスリー ビガロー(1) 『クロワッサン』『ピティビエ』『モンブラン』

東京都世田谷区、かの桜新町は“サザエさん通”にあるのが「パティスリー ビガロー BIGARREAUX」さん。私たちの地元夙川の「エルベラン」シェフ、柿田衛二さんに教えてもらったお店です。
装飾華美なカラフルさとは無縁のケーキは一見地味。でも、1品1品、凛とした姿でいかにも自信たっぷりに「美味しいぞ」と笑みを湛えているように見えてきます。

「初めてなのでゆっくり見させてください」というと、マダムは優しくにっこり。商品知識がしっかりしていて説明も明解。「西宮から来ました」と伝えると、シェフを呼んできて「わざわざ西宮から来てくださったのよ」と、歓迎ムード全開。シェフの石井亮さん(44歳)とめぐみさんご夫妻。

2014年5月オープン。桜新町の地名にちなんでサクランボの品種ビガローを店名に。まだ4年しか経っていないお店とは思えない、落ち着きと重厚感さえ感じさせます。シェフの材料へのこだわり、どんな仕上がりにしたいのかの具体的なイメージなどが、次々に披露されて行きます。マダムもにこやかで社交的な接客だけど、シェフの話し好きは、ツボにはまるとブレーキが利かなくなる感じですね。
私たちが盛り上がっていると、マダムも接客の合間に嬉しそうに参加してくれます。お店によっては、シェフは挨拶だけして早く仕事にもどればいいのに、という目で睨まれる野暮なところもありますからね。お二人の大らかでウェルカムなお人柄、それに輪を掛けての、遠来の客にたいする特別の大歓迎を受けたと解すべきでしょう。

業界話に花を咲かせた後に、お勧めを訊ねしました。なんと『オペラ』と『モンブラン』。
定番ど真ん中の商品を勧めるというのは余程自信がないとできませんよ。私たちが食べ慣れていることを分かった上でのお勧めですからね、他店からどれだけ抜きん出ているか、楽しんでもらいたいという最大限のもてなしの心から発したものだと受け止めました。
さて、そのお味のほどはどんなものなのでしょう。期待に胸が高鳴ります。


●『クロワッサン』  14×7cm 高さ6cmほど。
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ヴィロン社のバゲット用の粉を100%使った『クロワッサン』。バターはカルピス醗酵バター。
無理を押し通して実現した究極の味わい。マダム曰く「世界一!」。

その割には普通レベルの価格設定。
これだけを目指して来るお客さんもおられるとか。割に会わないお客と言えるのに、「違いを分かってくださる訳だから」とマダムも損得抜きの発言。

ヴィロン粉にこだわるのはフランスで使っていたというだけでなく、渋谷の「ヴィロン」立ち上げ以前、オーナーのニシカワ食品から頼まれてヴィロン社との間を取り持った張本人だから。
しかも、ヴィロン社から「日本人には扱えない粉だよ」というのに、いつも使っているからと、デモンストレーションをして、契約にこぎ着けたという裏話まで持っている。浅からぬ因縁というものですね。
長らく「ヴィロン」でのみ使う許可が得られていたのですが、日本国内で解禁され、使うようになったとのこと。

それにしても、粉を焼き込んだときの香りが一番だからと、バゲット用の粉を使っているというのは驚きです。捏ねると引きが強すぎで伸びの悪い生地になるのではないでしょうか。
苦労するに決まっていることにあえて挑戦し、何度も試行錯誤を繰り返し、ようやく辿り着いたのがこちらの『クロワッサン』。
カルピスバターを使っていても、バターリッチにはせず、あくまでも生地を食べさせようとしています。

画像サクッと軽快な食感。ふうぅぅう、たしかに香り豊か。
ですが、それ以上に味わいの奥行きが深いですね。噛み締めるほどに旨味が湧き出してきます。

バターの風味は豊かですが、生地が主役ということで、ジュワッと溢れだす感じもないし、粉の風味を上回ることもありません。必然的に乳糖成分も少なくなっているのか、甘すぎず、やはり生地のじんわりとした美味しさに集中できる作りになっています。

いいなぁいいぞぉこれっ!
うんうん、世界一といいたくなるのもむべなるかな。お見事です!!!




●『ピティビエ』  辺7cm 高さ5.2cmほど。
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こちらもヴィロン社の粉を100%使ったパイ生地(アンヴェルセ)。
折りは3ツ折り3回、2ツ折り1回。

中はフランジパーヌ。タンプータンに卵を加えて行きます。卵黄少し多め。ゆるくしたバターを混ぜ、パティシェール(ラム酒入)を加えます。
アーモンドにマルコナを使ってみたことがあるそうですが仕上がりが油っぽくなるので止めて、今はアメリカ産にしているそうです(アメリカ産のほうが鮮度管理がしっかりしているという話しも他所で聞いたことがあります)。

サクッと小気味のいい食感。またたく間にサクサクさらさらと軽やかに解けてくれます。
中のフランジパーヌはしっとりふっくらとした仕上がり。対比がわざとらしくなく、自然な一体感。いいですねぇ。

彫刻家がイメージする線に従って彫刻刀を使い分けるように、パティシエもイメージする生地の食感や香りに従って仕込みの方法を微妙に替えています。石井シェフの場合、自由に使いこなせる彫刻刀ともなりうる製造技術のストックを夥しいほどに持っているのでしょう。
素材選び、素材の配合、揮い、捏ね、折り、焼き。その一つひとつに、いかに細かなメジャーを当てれるようになるか。その微妙さを手が、全身の感覚が熟知しているのではないでしょうか。

でなければ、たった2つの組合せ。それも基本中の基本の生地とクリームの組合せで、人の心を震わせることは出来ないでしょう。
リズミカルなサクサクッ音を伴いながら、豊かで円やかな香りに包まれ、優しい甘味で心を満たされる快感。天晴れ!



●『モンブラン』  4.5×10.8cm 高さ5cmほど。
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バルケット型のパートシュクレ(アーモンドプードル入)の土台の上に、クレームダマンド、クレームシャンティ。
このシャンティの中にエグランティーヌ(野バラの実、ローズヒップ)のコンポートを射込み、マロンクリームで覆っています。プレーンなシュトロイゼルで食感をプラス。
表面はお約束の白い粉糖。
円形だとエグランティーヌの入るところ入らないところができるので、バルケット型に。ふーむ。

洋栗を使っているのですが、それでもメレンゲの土台では甘すぎるからやめ、マロンクリームの甘味も控えています。マロンとの定番コンビのカシスでは味が鋭過ぎて却下。辿り着いたのが温和な酸味のエグランティーヌ。
ヨーロッパのレストランで働いていた時、肉のソースにこのエグランティーヌのピューレをよく合わせたりしていたそうで、すっかり手の内にはいっている香りなのですね。

口へ運ぶと……しばし、陶~然。
食べやすく優しい味わいのモンブランなのですが、それでいて感銘の深さは計り知れないほど。

やはり、エグランティーヌが“ヒロイン的性格”を持っているからこそでしょう。デビュッタントで壁の花の間は目立たないけれど、王子にフロアの中央に連れ出されると個性が輝きを放つような。
酸味が控えめというだけでなく、香りがじつに独特。薔薇の花のように華やかさではないのですが、むしろよりエレガントな品位の高さを感じさせる静かな香り。
また、主役のマロンペーストの香りを覆ってしまうこともしません。なんとも絶妙のバランス。

「ほら、ビガローさんのモンブラン」「そうそうあれ」「野バラの実、モンブランには最初からこれが定番だった、なんて気がしてくるほどだよね」云々。
確信しております、これからの生涯、何度も二人の間で話題にのぼることでしょう。
記憶に深く刻まれるモンブラン。素晴らしすぎますよぉ、シェフ。



石井シェフは20歳でこの世界に入り、渡欧も経験し、帰国後、田園調布駅前の名店「レピドール」のシェフを長年務めるなど豊かな経験の後、40歳でようやく独立。
最近の30歳前後での独立と違い、技術全般に磨きをかけただけでなく、お菓子の酸いも甘いも噛み分けた自分の揺るぎない“趣味”を確立していること、経営感覚も身に付けていること。
それがこんなに気品の高いお菓子作り、品揃え、接客につながるのでしょう。久々の、太鼓判付きの名店です。



●『クロワッサン』250円  『ピティビエ』360円  『モンブラン』600円  (※内税)

●「パティスリー ビガロー」
  東京都世田谷区桜新町1-15-22  TEL03-6804-4184  定休日/水曜  営業時間/9:00~19:00

 ※ブログ「パイ日和おまけ」では、こちらのプチガトーをご紹介しています。