コムトゥジュール(13) 『ミルフイユ』

京都、北山通・東元町のバス停前にある「コムトゥジュール」さん。
1996年創業当時、焼きっぱなしのタルトがずらりと並ぶお店は希少価値がありました。これほど充実した品揃えは未だに時代の最先端と言ってもいいほど。でも蜂谷康倫シェフ(1965年生まれ)は「僕は超B級ですから」とまったく意に介していない様子。
店名通り日常に即したお菓子を、という気持ちが自然と伝わってきます。アートは目指さないけれど、職人魂を込めたお菓子作り。これぞ蜂谷ワールドです。


●『ミルフイユ』  7.5×4.5cm 高さ7.3cmほど。
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どうです! 
この見るからにパリパリ感の漂うフィユタージュ。1層1層の自由きままな線。のびのびしています。
手作りならではの揺らぎの感覚も気持ちがいいですね。

こういうパイ生地、あまり出会わないなぁ、独特だなぁと思って蜂谷シェフにどうやっているのですか、と訊ねると、開口一番「なんにもしていませんよ」。きっぱりと真剣な顔で否定して来るのです。
が、その次の言葉はもっと凄い。
「パイの都合に合わせて折っているだけで、自分の都合で折ったりはしません」。ふぅむ、深いですね。

粉は薄力粉:強力粉はほぼ1:1、デトランプに少しバターも入れる、よく捏ねてグルテンをしっかり出す、バターは醗酵バター。
折りは普通折りの3、3、4、3、3。重しをかけず自由に浮かせて焼く。
カラメリゼは粉糖でほんのり。生地が凸凹しているのでカラメリゼは部分的に白いところが残るレベル。ムラがあります、とのこと。

形良く均一に焼き上げるのではなく、生地にストレスを与えないことが第一。そのためには生地を休めること、生地とバターが同じ力で素直に伸びる状態の時に伸ばすこと。この2つが重要であって、四角くきっちり折れることで満足していても、自分の都合に合わせていては意味がない、と言い切ります。
作業性の追求も一切なし。鉄板を乗せて平らに焼けば後の作業性は良くなるのですが、それもパイ生地にストレスを与えているというのです。

オープンして20年余、毎日パイを作りつづけて、見えない速度で進化していて、10年前より今の方がいいパイが焼けているそうです。
10年前のスタッフには悪いけれど、と断りながらも現状を肯定。日々、温度や湿度、粉の違いなどを肌で感じながら、つねに改善策を考えつづける、継続の力に自信があるからこその真摯な言葉がこぼれ出ます。つねに理想を追いかけていて、「いまだに100点は取ったことがない」という。

生地と対話しながら、粉の比率、水分量、加えるバターの量を微妙に変化させていくのです。その都度、担当者に指示を出していきます。だから、現状粉の比率がどうなっているか把握していないといいます。担当者のメモに残っているでしょうけど、とノンシャランな構え。
生地を触れば適切かどうかが分かるということなのでしょうね。パイ生地はまさに職人仕事の最たるものですが、それに相応しい職人魂で取り組んでいるのがひしひしと伝わってくる、名言の連続。
といってもご本人は名言を吐いている意識はさらさらなくて、ごく当然のこと、という気持ちなのです。

さらに。普通ミルフィーユって、カット販売(ナポレオンパイは別)ですが、こちらでは毎日1本売が並べられているというのも自信の表れだし、長年出しつづけているというのは現実に売れ続けているということでもあります。なんという支持の厚さ。


画像さぁて。その味わいは……。
サクッ、サクッサクッ、サワサワ~。

なんという軽ろやかさ! 1層1層を自由に浮かせていて、空気を含んだ軽さがあるのです。
完全に焼けているけれど、焦がしていないし塩気も薄いので、味わいにも重苦しさがありません。
粉の焼けた芳ばしさと旨味、バターの豊潤さ、うっすらとしたカラメリゼのほんのりとした甘味。

この繊細な生地があくまで主役で、4つの生地ブロックの間に挟まれた、下からフランボワーズジャム、ほんの少し生クリームの入ったカスタード、クレームシャンティ。
そのどれもが押し付けがましさがなく、さりげなく味を補強している感じ。たっぷりのパイ生地を楽しむために、味わいに変化を与える役割です。このパイ生地に対する自信の深さ。

だからこそ、我が道を往くミルフィーユ。ここでしか手に入れることができない、唯一無二のミルフィーユなのです。



最近の若手は少し忙しくなると、残念なことにフィユタージュから止めてしまいます。
この話をすると「たしかに、邪魔臭いし、原価は高いし、ロス率も高い。でも僕は若手じゃないしね」とニヤリ。
暗にそんなことで右往左往していたら売れるものも売れなくなるよ、と言いたいのでしょうね。毎日作りつづけることでいいパイができて、お客様に愛され支持されるパイになると思っているシェフからすると、彼らのやっていることは自ら悪循環を招いているとしか見えないのではないでしょうか。
味わいも、パイ生地に懸ける情熱も、お見事というしかないですね。ふうぅぅ!



●『ミルフイユ』420円  (※内税)

●「 コム トゥジュール」
  京都市北区小山元町50-1  TEL075-495-5188  定休日/水曜  営業時間/10:00~19:30