アグレアーブル(3) 『りんごのタルトフィーヌ』『りんごのミルリトン』

京都・御所南、夷川通にある「パティスリー アグレアーブル」さん。店名通り、居心地のいいパティスリーです。
最近は個人名のパティスリーが多い中で、“自分は売れなくていいんですよ、ケーキは売れて欲しいけどね”と屈託なく笑う加藤晃生シェフ。
フランスでの長い修業経験(給料交渉までできるようになり辞める時はきちんと引き継ぎをしてと、すべてのパートを経験し、焼きを任されるほどの本格的な修業。履歴書掲載のための短期研修ではありませんよ、念のため)がある凄腕の職人さんなのに、現地に長く暮らしたことで、いかにすぐれたパティスリーであっても市井の暮らしとともに存在するものだということを肌で実感しているのでしょう。
ご近所付き合いを大切にするし、常連客に挨拶をし、世間話もする。仕事の一部という考えもあるだろうけれど、それ以前に人として当たり前のことということなのでしょう。加藤シェフが営業時間中にしている姿もそっくり。

もちろん、フランスにも個人名を掲げるスターシェフはいますが、ごく一部。大半は無名の職人なのです。その彼らが作り出す味に惚れ込んだからこその姿勢。
長きに渡って可愛がってもらったお店「ジェラール・ミュロ」はそれこそ、個人名を掲げるスターシェフ。
ですが、ともに働いて身近に接してきた加藤さんによると「ミュロさん、スター気取りなど微塵もなく、先陣を切って働く職人魂の固まりのような人だった」そうです。働くときの集中力とパワー、高度な技術はミュロさんをはじめ飛び切りのシェフたちを見習ったからでしょうね。

営業時間中はお客さんとだべってばかりという姿からは、ちょっと想像が付きにくいですけどね。あははっ。
だけど、私たちは解っているつもりです。
加藤シェフがお客さんをいかに大切に思っているのか、パティシエにとってとても貴重な時間を差し出してお話してくれているのか。
そのホスピタリティが溢れ出ているからこそ、アグレアーブルなお店であるし、お客と心を通わせようとしてくれることで、お客さんの幸せの時間を彩るお菓子たちが、より一層、2倍にも3倍にも美味しく感じられるものになることをよく心えているのです。
それこそがお菓子大国、本場フランス仕込みというべきでしょう。


●『りんごのタルトフィーヌ』  辺15cm 厚み2.5cmほど。
画像
わぁ、焼き立てが厨房からどーんとやってまいりました。大きいなぁ! 

まるで、ピッツァのように極薄(fine)のタルトです。

ピケしたフィユタージュ(普段は2番生地なのですが、今回は1番で)に薄くダマンドを敷いて、リンゴのジュースを吸わせるためのケーキクラムを載せ、薄切りの紅玉をウロコ模様になるようびっしりと並べ、バターをちぎりグラニュー糖を振って焼いています。
仕上げは、アプリコットのナパージュ。

ん? よく見ると中心に向かってリンゴが盛り上がっています(焼く前は、小さな山の如し)。
他店で見るタルトフィーヌはきっちり敷き詰めて終わり。余ったリンゴはどうするのかなと思わせるほどに、計算通りピッタリというのが腑に落ちないことも。
ところがなのです。“リンゴ余ったから真ん中盛り上げとくわ”的な、豪快に決めた感が。
元々このお菓子、フランスではどこの店でも必ず置いているような定番中の定番。神経質に作るお菓子ではないのでしょうね。シェフも「家庭でママが作るような素朴なお菓子ですからね」とのこと。

画像それでも、ガブリッといけば…… うんうんうん、美味しいっ! 

リンゴの甘酸っぱさ、シャキシャキした歯触りの軽快さ、ダマンドからはほのかに杏仁香。
パイ生地は深く焼き込みませんから、バターがよく香ります。シナッとしたところも、このタルトの醍醐味なのですよ。
ずんずん食べ進めていくと、端っこの部分のサックサク感と粉糖の甘さで、満足度急上昇! ふぅ!

シンプルだけどこれ以上ないという美味しさですね。定番になるのも当然の説得力のある味です。
現地でずっと作りつづけて、しっかり手の内に入っているのでしょう。力の抜け具合も含めて、お見事。

そうそう、フランスでは季節に応じて果物は変わります。春夏はアプリコットや黄桃、秋冬は無花果、林檎というように。
ということで、シェフ、お次ぎはアプリコットで、ぜひ! 




●『りんごのミルリトン』  辺8.5cm  厚み3cmほど。
画像
こ、これが、ミルリトン?
思わず、うそ~と叫びそうになりました。

普通、日本ではミルリトンというとポンポネットで作る小さなお菓子。
が、18cm型くらいの大きなタルト(シュクレ)で焼いています。
さらに、アパレイユにガルニを控えめに入れるのはよく見かけますが、こちらではソテーしたリンゴがごろごろ。本当に、ごろごろ。むむむむ。

シェフ曰く「向こうではね、最後に材料余りますやん。そしたらそれを空焼きして溜めてあるタルト台にアパレイユやら果物やらを流して焼くんですよ」。
パティスリーの生理から生まれるお菓子の気楽さを語ります。美味しい材料を使っているのだから美味しくて当たり前、という世界。中には名前の付け様のないタルトもあったりするようです。

教科書などで習い憶えた通りに、フィユタージュ(またはタルト)でアパレイユを流し、少し間の手にフルーツを入れて、表面粉糖をたっぷり掛けて焼くことで、表層部分が1枚ペランと剥がれるように浮き上がるというイメージに固定されているのは、どうやら日本だけということのよう。
お菓子はもっと自由なものなんですね。

画像私たちの感覚からすると“リンゴのタルト”に感じてしまいますが、シュクレに紅玉のソテーをアパレイユをまとわせるレベルで焼いていても、ほぼミルリトンということのようです。

輸入文化だと名前と中味は1対1に対応しているものと思いがちですが、ミルリトンにはお馴染みのアミアンもあれば、ルーアンのものもあり、さらにコルネ風のものまであるようです。
振り返って国内を見てみれば、“あんぱん”なんて千差万別ですものね。

と、ネーミング談義に紙幅を費やし過ぎました。いよいよ、お菓子の味に迫りましょう。


画像リンゴのソテー。
カラメルの焦げ具合といい、バターの香りといい、カルヴァドスの芳醇な香りといい、もぅ素晴らしい上に、中までよく火が通り、カラメルがよく染み通っているのです。
フランベして終わりにせず、少し水を加えて水分が無くなるまで煮込む工程を加えたことによる美味しさなのですね。

アパレイユが優しく包み込んでくれるし、シュクレのサクサク感と香ばしさ。
もう口が喜んで、顔はニマニマ、眼が輝き出きます。美味しいぞぉ!
そうこれこれ、“これぞ、Theタルト!” 

こちらのお客様でフランス人の親子連れがいるそうですが、夫婦も子供もエクレアかタルトしか選ばないとのこと。こういう美味しいタルトを食べつけていれば、そりゃあ、タルト好きになりますよね。
ふむふむ、この家族といっしょに声を大にして言いましょう、お見事ですっ!




加藤シェフの憧れのシェフ、閉店してしまった「ラ ヴィエイユ フランス」のルネ親方はパイシーターを使っているときなどは葉巻を銜えて、とても格好が良かったそうです。お昼に自ら賄いを作ってくれ、ワインを出し、食後酒のパスティスまでご馳走してくれていたそうです。
仕事中ではあっても、お昼はお昼。人生の楽しみは譲らない。まず自分の生き方というものがあって、その次に職人としての生活があるのだけど、プロ意識の高さは計り知れないものがあるようです。

ミルリトンを例にとると、アパレイユの作り方などは適当で、天秤ばかりの一方に卵、もう一方に砂糖で1対1を測り、粉(アーモンドプードル)を加えるときは混ざった種の堅さを見ながら目分量。そんなアバウトなやり方でも、けっして美味しさのポイントを外さないというから驚き。

神経質な厳密さを凌ぐ、大らかさの魅力。フランスの職人魂を受け継ぐ加藤シェフに、今回の2つのタルトでその神髄を教えてもらいました。
シェフ、メルシーボク!



●『りんごのタルトフィーヌ』600円  『りんごのミルリトン』450円   (※内税)
  ※林檎のストックがなくなると、今年は終了致します。ご容赦くださいませ。

●「パティスリー アグレアーブル」
  京都市中京区夷川通高倉東入ル  TEL075-231-9005  定休日/不定  営業時間/10:00~20:00

  ※ブログ「パイ日和おまけ」では、こちらの『ベラベッカ』をご紹介しています。