ムーラタルト (10)  『タルト オゥ ショコラ』『ばなぁぬ』

大阪市北区、天神橋筋商店街にある「パティスリー ムーラタルト」さん。当ブログの常連で、オープン当初からの長いおつき合いのお店です。
まもなく13周年を迎える中堅、生地からしっかり組み立てられている安定性、よく考え抜かれた素材の組合わせによる味わいの深さ。ここ数年、陸続と現れるフランス菓子店に焦点が当たってしまっていますが、ちょーっと待った。
温和で充足感のあるこちらのケーキを尺度に、若い人たちのケーキを語ってもらいたと思います。そうすれば、若さの特権である勢いばかりが目立つケーキが、どこに落ち着くべきかが見えてくるでしょう。


●『タルト オゥ ショコラ』 径7.5cm 高さ1.7cmほど。
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大きなチョコレートのタルトだなぁ。

薄いタルト台はシュクレ・ノワール。シュクレに、カカオとシナモンが入っています。
ガナッシュを縁の高さまでたっぷりと。よく焦がしたカラメルが練り込まれています。
カラメルショコラなので、相当に甘いです。

そのカラメルの強さに負けないチョコレートの存在感の強さも天晴れ。ヴァローナのカラクとチョコヴィックのトバゴを使っているとのこと。

チョコレートの芳醇な香り、しばしうっとり。
けれど、あえて、このタルトの一番の魅力を云うとするならば、“口溶け”ではないでしょうか。

ガナッシュのなめらかトロリ感が、カラメルが加わることでトローーリといつまでも溶ける際の快感が持続してくれるのです。
トロリ、シュルッと液化するのではなく、ずっと粘度を保ったトロ~リ感。
たっぷり溺れそうなほどの量もなんだか嬉しくって、にまにまが止まりません。

ただ、甘過ぎると感じる向きもあるでしょうが、それでも、この快感はぜひ体験して欲しいですね。
薄いチョコスポンジを敷いて、シュクレ・ノワールが湿気ないようにしているので、サクサクッと軽快な食感でコントラストを築いているし、生地のほのかな苦味も理に叶っています。
最後に、ふっと微かにシナモンが抜けるかんじも、素敵。いいですねぇ。




●『ばなぁぬ』 径7.5cm 高さ5.7cmほど。
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シェフがお薦めを聞かれたら、まっ先に選んでいるケーキ。

出身店の「ア・キャトル」の看板ケーキである『タルト バナーヌ』からスタートして、まったく異次元に到達した、テクスチャーの見本市のようなケーキ。

これも生地はシュクレ・ノワールを使っています。
ジェノワーズを薄く敷いて、アプリコット、カレンズ、レーズン、プルーンのドライフルーツカルテットをカラメルで炊いたものを置き、わずかに酸味の残るバナナの輪切りがどーんと。
周りに、カシューナッツ。
トップは、バナナのムース(ゼラチン無し)をたっぷりモコモコと、花のように可愛く絞っています。表面を粉糖仕上げ。

さぁて。上から下まで、一緒に口へ運ぶと ……
 ほぅ、目眩めき美味しさっ! 万華鏡のごとく美味しさのシーンが次々に押し寄せます。
ムースのシュルッと感、バナナの甘さととろみ、フレッシュのバナナのつるり感、カシューのカリコリ、カラメルのねっとりほろ苦、ドライフルーツの凝縮された味わい、とくにアプリコットの酸味とグニュッ、香ばしいタルトのサクサクッ。
さらに、二つのバナナの対比。ムースは空気を含んで温かく、フレッシュはひんやり。温度差が仕込まれているのですね。

テクスチャーだけでも8つもの要素が入り乱れていて、さらに香り、温度、味。普通なら混乱に陥っているはず。
ところが、食べていて少しも煩雑な感じがしません。これは吉野暢人シェフの手腕によるところが大きいですね。
まず、バナナという品下る素材で、気品のある作品に仕上げていること。これはアプリコットの強めの酸味を点描することで、引き締めに成功。
いろいろ考えられるナッツのなかで、カシューを選択したことで、香りの爛熟感が増し、子供味から脱出。
カラメルの粘度で充足感を獲得。シュクレ・ノワールのサクサク感、シナモンの香りで覚醒効果。
カカオの風味とかすかな苦味で埋没せず、しっかり存在を主張しています。

これだけの整理力は、最近の新人人気店がまったく足を踏み込めない領域。
彼らに作らせたら、意欲ばかりが空回りし、素材どうしが角突き合わせ、喧嘩しまくって煩いなぁ、となっていたでしょう。もっと少ない材料でも何度も同じような体験をしていますから。“意欲を評価する”というのはそういう意味だったのです。

これはもう、関西のフランス菓子を代表する傑作と呼ぶことを憚りません。バナナという身近な存在を使い、慣れ親しんだ美味しさの最高度のものを満足させつつ、ずいぶん遠いアートと呼び得る世界にまで連れて行ってくれること。
どこか人懐っこさもある可愛い姿を超える、本格的な満足感と後口の良さ、味、香り、食感、すべてを備えたマスターピースです。見事ですねぇ。




フランス菓子がブームになっています。が、どうも“フレジェ”“オペラ”“ルリジュース”“ムラングシャンティ”など、記号的に一目で分かるフランスの古典菓子を扱っているところだけが本格フランス菓子店としてもてはやされてしまっていますね。やれやれ。
そんなものに頼らなくても、自身のフランス菓子のエスプリに自信を持っているシェフを忘れてしまっているのは、まったくナンセンス! この大傑作を知らないなんて、はぁ……、もったいないですなぁ。



●『タルト オゥ ショコラ』400円  『ばなぁぬ』380円

●「パティスリー ムーラタルト」
 大阪市北区天神橋3-1-6  TEL06-6242-7177  定休日/月曜

※ブログ「パイ日和・おまけ」(http://pie-omake.at.webry.info/201204/article_12.html)には、このお店の生ケーキを紹介しています。よかったら、どうぞ。