●特集1/2011年春「フランス菓子新人三都物語」ルシェルシェ、ラトリエドゥマッサ、グランヴァニーユ

若手実力派が続々登場! 2011年 年明けより、ニューオープンラッシュです。

今年に入ってオープンした3店が揃いも揃って、近い将来大名店に成長しそうな実力の持ち主たち。
3人とも70年代後半生まれ、京阪神に分かれてそれぞれの腕を発揮し、さらにこれから磨いて行こうとしています。

大阪「ルシェルシェ」(1月27日オープン)     村田義武さん77年生まれ
神戸「ラトリエ ドゥ マッサ」(3月18日オープン)  上田真嗣さん78年生まれ
京都「グラン ヴァニーユ」(2月6日オープン)    津田励祐さん79年生まれ

さて。この3人をフランス菓子店のオープンラッシュとしてただ並べて紹介するだけでは、あまりにも芸がないかな。だって、お菓子ファンなら誰でも、とっくの昔に気付いている当たり前のことですし。
彼らはそれだけでは語り尽くせない可能性を秘めていると考えています。
ここから先は、彼らの置かれている位置と、今後の可能性を占ってみたいと思います。
この3店、客として食べただけでこういうことを書くのは大胆不敵かもしれませんが、書かずにおれない衝動が沸き起こったのです。「パイ日和」による独自の視点でアプローチしてみました。


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関西に限定していうと、この世代に共通していることは、彼らが中学生のころから、すでに「イデミ・スギノ」が存在したということ。
関西においてフランス菓子、あるいは濃厚な味わいのケーキが登場したのは、「ビゴの店」は別格として、90年前後のこと。84年神戸に「アラン・カスケビッチ」、87年大阪の「なかたに亭」、88年和歌山の「リヨン」、89年神戸の「コム・シノワ」がパティスリー専門店をオープン、91年大阪の「ア・キャトル」、おくれて92年神戸に「イデミ・スギノ」。本格的フランス菓子は数えるほど。
そうそう、「プラザホテル大阪」、芦屋の「パティシエ・ドゥ・ミシェル」や神戸の「パティスリー ジャン・ムーラン」、苦楽園の「アントナン・カレーム」もありましたね。
それでも、まだまだフランス菓子の存在は希薄で、企業が呼んできた「ポール・ブガ」、「ヴィタメール」、「コクラン・エネ」などのフランス、ベルギーのブランドに当時は狂喜したものです。
彼らがそろそろお菓子に目覚めようかという年代、大人たちはこれまでにない濃厚なケーキを作るところはそれだけで高く評価したものなのです。
しかし、彼らはそれが到達点ではなく、当たり前のスタート地点。
日常とまではいかなくても、本格的なお菓子がどういうものかを価値観が身に付く時期に知ってしまったということ。彼らにとってフランス菓子は目指す方向性は規定しても、最終目標ではありえなくなっていると捉えることができます。


ここで、もう一度「イデミ・スギノ」の衝撃の意味を分析しておいたほうがいいでしょう。
彼はフランス菓子のなかでも、時代の潮流を作り上げた「ジャン・ミエ」で修業し、クープドモンドで優勝し、ルレ・デセールのメンバーに選ばれた人。日本人でありながらフランス菓子の最高峰に位置付けられたのです。
彼のケーキにたいする考え方は、誤解を恐れずに言えば、彼の代表的著作の“素材より素材らしく”のタイトルに端的に集約されています。たとえば、りんごを使うとき、果実の部分だけでなく皮も芯も利用して風味をより強化したり、ペクチンの凝固作用を利用したりすること。またフレッシュ、ソテー、コンフィチュール、ペーストなどさまざまな味わい方を混在させる。またカルヴァドスなど同じ果実由来のお酒でしっかり風味付けする。などの手法で素材の味わいを鮮烈に生き生きと感じさせ、一つの食材であっても味わいの重層性や奥行き、幅といったものを感じられるようにするということです。それが世界一の結果をもたらした「ジャン・ミエ」の教えなのですね。


日本のパティシエたちが「ジャン・ミエ」に固執し、フランス菓子の体系が身に付いたと思っている間に、フランスでは次の動きが出ていました。「ピエール・エルメ」「フィリップ・コンティシーニ」「アルノー・ラエル」、そして「サダハル・アオキ」。
これらに対しては、模倣は部分的・表面的にとどまっているように思えます。フィユタージュ・アンヴェルセ、カラメル風味のサントノーレ、抹茶使いと細長いプチ・ガトーなどなど。
「ピエール・エルメ」が日本で独立を果たしたことや、「サダハル・アオキ」がパリでトップパティシエとして活躍していることに象徴されるように、日本のフランス菓子の水準はすでに最高レベルに到達しています。
これからの時代を作るのは、この新しいムーヴメントの完全模倣、そして凌駕していく人たちでしょう。



●「ルシェルシェ」は、ラインナップの大半をクラシックなお菓子が占めています。
そのなかで自分の腕の良さを見せつけるような腕の冴えが光ります。とくにフィユタージュは本人も自信満々。レベルの高い技を披露しています。
それともう一点、相当濃厚な味わいを嫌みなく、品良くまとめるセンスは大したもの。
温故知新。クラシックを極めることで大きな発見、発明につなげるスピードは遅いかもしれないけれど着実な方法論を持っていそう。

●「ラトリエ ドゥ マッサ」の現在のラインナップは、修業先のもの、お母さんの(「ティータイム」)のもの、オリジナルのものなど多士済々の状態。
先代の味を求める客層、店の向いにある小学校の親子連れに合わせた優しい味わいへのアレンジも飄々とこなす精神的なゆとりと、お茶目なユーモア感覚など、しゃかりきでないところが、かえってお菓子は楽しむものという原点をしっかり押えていると感じさせます。
いままさに、“なにをもってフランス菓子というのか”という命題に真剣に正面から取り組み、フランス人にしか習っていない自分の体験(エルメが立て直したラデュレで部門長を務めたので、最先端の考え方もよく理解しているはず)のなかに答えはあるはず、と本人も語っています。

●「グラン ヴァニーユ」は、ムース系主体の品揃え。現状「ジャン・ミエ」系列の籍を置いているということ。研ぎすまされた味わいを臆することなく、緻密に明快に完成させているのには空恐ろしささえ覚えます。
いずれ、修業先の「ジャン=ポール・エヴァン」のチョコレートや、「ピエール・エルメ」のミルフィーユなどもラインナップに加わる日があるでしょうか。乗り越えていく道筋は一番ハッキリしているかもしれません。


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3人揃って同時期にオープンしたことが、後にエポックと捉えられる日が来ると予感しています。彼らこそがフランス菓子の新時代の劈頭に立っていることはまちがいありません。
真のエポックと評価されるほどのトレンドを誰が逸速く打ち出すのか、それが新しい技法の開発によるのか、新しい素材・組み合せの発見によるのか、それとも新しい価値観によるのか。そしてそれを方法論として体系化するところまで行くのか、果たして……。
その歩みを期待を込めて注目して行こうじゃありませんか。



大阪「ルシェルシェ」
パイ日和/2011年3月24日    http://pie.at.webry.info/201103/article_12.html
パイ日和おまけ/2011年3月24日 http://pie-omake.at.webry.info/201103/article_11.html

神戸「ラトリエ ドゥ マッサ」
パイ日和/2011年3月17日    http://pie.at.webry.info/201103/article_10.html
パイ日和/2011年4月22日    http://pie.at.webry.info/201104/article_8.html
パイ日和おまけ/2011年4月22日 http://pie-omake.at.webry.info/201104/article_10.html

京都「グラン ヴァニーユ」
パイ日和/2011年4月2日    http://pie.at.webry.info/201104/article_2.html
パイ日和おまけ/2011年4月2日 http://pie-omake.at.webry.info/201104/article_1.html
パイ日和おまけ/2011年4月7日 http://pie-omake.at.webry.info/201104/article_4.html