リヨン (2) 『ミルフイユ オ フレーズ』『ショソンオポム』『パルミエ』『ピティヴィエ』など

和歌山市、お城の大手門近く十番丁に、88年からフランス菓子専門店として、本格的なお菓子を作りつづけている「パティスリー リヨン」さんがあります。
矢田万幸人シェフはリヨンのレストランなどで修業し、辻調理師専門学校の製菓専門学校開設時の講師を務めた人。本格的なフランス菓子が、フランスからの帰国組によって徐々に大衆化していく先駆けを担った一人です。
でも、そんな権威を振りかざすところがこれっぽっちもない、清々しく快活な人柄。話の端々に、知性に裏打ちされたユーモアがそこかしこに溢れ、あはは~っと機嫌良く笑っていると、あっという間に時間が過ぎてしまいます。
ケーキもその尽きない魅力そのままに、どこか軽やかで弾んだ心で食べれるようなものばかりです。
今回「3.14=π(パイ)の日」キャンペーンに、初ご参加。これを機に、ミルフィーユも数年ぶりに復活させてくれました。今回の取り組みにも熱心で、なんと5種類のパイが登場。わーい!
ぜひとも、パイの多彩な表情を味わっていただきたいですね。


※こちらのフイユテは、ほぼ、辻製菓で教えていた作り方。
薄力、強力1対1、塩、折り込み用バターの1割程度の溶かしバター(生地が揚げた状態になるとのこと)でデトランプを作り、折り込みのバターは醗酵ではないものを使用。


●『ミルフイユ オ フレーズ』 3×10cm 高さ4.3cm(本体)ほど。
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苺のミルフイユです。

横に寝かしたりせず、フォークで一気に。
おっ、きれいにカットできました。

口に運ぶと、サクッ、さわさわ~、しなやかに崩れていきます。幾層にも重なった生地が織り成す、快よい歯ざわり。
甘めのカスタードとのバランスもいいな。
と思っていると、苺のフレッシュさが飛び出してきます。

おやっ、あれれ、パイにカラメリゼしていないんですね?  最近ではあまり出会わないスタイル。パイってちゃんと焼ききっていればそんなに湿気るものじゃないよ、とばかりの姿勢です。
オッと、香りはフランボワーズのオー ド ヴィ。うっかりすると主役の座を奪いかねないほど、印象的。
食べ終わって、スッキリもするし、エレガントな雰囲気にも満たされます。

王道を行きながら素知らぬ顔で、いろいろ見えない手数を掛けているようです。
人を楽しませるためだったら、苦労でもなんでもなく、お茶の子さいさいとばかりに爽やかに笑っている顔が浮かびます。

サクサク、さわさわのフイユテ、ぼってりと重いパティシェール。苺は酸味がキリッと利いています。味わいが深いです。重厚な作りのはずなのに、さっき言ったオー ド ヴィのおかげで“粋”なんですね。

ギャルソンが小意気なシャンソンなんか口笛を吹きながらサービスしてくれたら最高だろうな。
そうそう、イヴモンタン風のギャルソンはいませんが、店内はたしかシャンソンが流れています。ひととき、「リヨン」流サービスでフランス気分を!





●『ショソン オ ポム』 6.3×9cm 高さ4.3cmほど。
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幸運なことに、焼き立てに出会うことができました。それじゃあ、手に持って、ハフハフとかぶりつきましょう。

サクッサクサクッ……うっ、うまいっ! 
しばし陶然。

リンゴをアップェルシュトゥルーデルを作る時の要領で、手を掛けたとのこと。
砂糖を焦がしバターを溶かしたところへリンゴを入れ、“やばいっ!”というところまでソテーし、カルヴァドスでフランベ。その後、シナモンを降って、味を引き締めるためにほんの少し塩。リンゴはサンフジ。

これはもう、立ち食いしてもおかしくないような、日常的なおやつ。気安い食べ物です。

でもなんですねぇ、その美味しさに注意せずに食べてしまうのにはもったいなような出来です。
ソテーで旨味たっぷりのリンゴの味わいの深さが、なんといっても決め手。サクッと切れ味がいいのに、どこか優しさを感じるパイ生地とともに出色。だから、永遠のおやつ。


画像焼き立てはもちろん美味しかったのですが、“2日後までイケル”というシェフの言葉を信じて、持ち帰って、食べるのをじっと我慢して無理矢理2日後にも食べてみました。
焼き立てとは違う尺度だけど、あはっ、ほんとうにイケますねぇ。

そうです、パイはそんなに神経質にならなくてもいいんですよ。トースターで焼き戻しという手もあるし。
もっと気軽にパイに親しんでもらいたいです、ねっ、シェフ。





●『ショソン ダマンド』 6.3×9cm 高さ4.3cmほど。
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こちらはフィリンクが、クレーム ダマンド。

ダマンドはバター、砂糖、アーモンドプードルが一般的な1対1対1の配合。
もちろん卵と、香り付けのラム酒、ヴァニラも加わります。

ダマンドはほんの少し。生地を食べさせようとしていますね。
生地の美味しさに自信があるからこその、思い切った少量化。生地にほんのりダマンドの風味が乗って、ちゃんとショソンとしての意味が伝わってきます。

クロワッサン オ ザマンドと似てはいますが、甘さをずっと控えた品のいい美味しさです。





●『パルミエ』(2枚入り) 8×5.5cm 厚み1cmほど。
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3つ折り6回というのは他のパイと共通ですが、6回目に打ち粉代わりにグラニュー糖をたっぷり生地に振りまき、折り込むという作業が加わります。
焼いていると、グラニュー糖が溶けだし、パイの表面をコーティング。
このオーソドックスな方法は、コーティングにムラが出やすいですが、生地と砂糖の一体感に優れています。

こういうシンプルなパイを食べると、生地自体の美味しさが如実に分かります。
とくに目立った工夫はしていないようなのですが、その美味しさといったら、う~ん。

いい粉を使っているのかなぁ。バターの香りも品がいいし、生地の軽やかな塩気とやや控えめな甘さのバランスも取れているし。甘さが控えめだから生地の旨味が引き立ってるのかなぁ(本番では少しだけ甘味が強くなるとのことだったけど)。

ともあれ、理屈なんかうっちゃって、生地のうまみを感じてほしいな。





●『ピティヴィエ』 辺9cn 高さ3.2cmほど。
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上の『ショソン ダマンド』と同じく、パイ生地とクレームダマンドの組合わせ。

その比率が違うだけでまったく違うお菓子になります。
こちらはダマンドが主で、量たーっぷり。
フイユテが、従。

ダマンドの湿度が保たれていて、しっとりと舌を包み込むような優しさがあります。
皮付きアーモンドの芳醇な香り(いい状態のアーモンド、素晴らしくイキイキしています)、バターの香り、卵の豊かなコク、砂糖の十分な甘さ。それぞれが仲良く手と手とをとりあい絶妙のハーモニーとなって、人懐っこい旋律を奏ではじめます。

もちろん、フイユテも負けていません。ザクッとした目のさめるような食感。ザクサクとリズムを刻みながら立ち上る香り。ダマンドと一体となった、相性の素晴らしさ。

あまりの美味しさに、ホール(予約制)1台完食してしまいそう。
満面の笑みがこぼれてしまい、嗚呼……惚れ惚れする美味しさに、ただただ身を任せてみませんか。ふうっ。



ある意味、教科書通りの作り方とも言えます。教科書はじつは歴史の集大成でありゴール地点でもあるのです。その結論がいかに偉大なものであるのかを分からせてくれています。原点に戻って、その深さをじっくりと探り当てていると言えるでしょうか。そこにすべての人を納得させる力があります。
歴史を生かすも殺すも作り手次第。矢田シェフがいかに優れたパティシエであるのかを如実に物語っていますね。
しかも、力づくで捩じ伏せるのではなく、心地よい風をまとったような自然な感じが矢田シェフのお菓子です。巧みな技をすっと前面から消し去っているからでしょうか、それとも人をリラックスへと導く包容力をお持ちだからでしょうか。

質の高いパイに出会える和歌山の人たちが羨ましいほど。
いやいや、羨ましいなどと言葉で終らせずに、どしどし押し掛けましょう。大手を広げて待ってくれています!



●『ミルフイユ オ フレーズ』400円+税 『ショソン オ ポム』230円+税 『ショソンダマンド』230円+税  『パルミエ(2枚入り)』160円+税 『ピティヴィエ』380円+税(1/8カット) 3040円+税(ホール)

●「パティスリー リヨン」
 和歌山市十番丁84  TEL073-433-7855  定休日/日曜