ブロードハースト (6) 『アップルリンツァー』

昨秋「TIKAL」のケーキを食べたら俄然、本家本元のケーキが食べたくなって大阪・玉造まで行ってきた。
2011年初の、目出度い&愛でたいパイ・タルトは、ここ「ブロードハースト」から。

地下鉄鶴見緑地線玉造駅からも、JR環状線森ノ宮駅からも10分近く。
少し遠いのが難点だが、店の吸飲力は圧倒的で、近付くに連れて足が速くなってしまう。目標勾配というやつ。迷子になった犬が自分の家に近付くとどんどん足が速くなるというのと同じ。
そう、すっかりご無沙汰してしまっていて、ピーター・ジョンさんの味に触れられると思うと、なんだか大きな懐に抱かれるような安心感で駆け出してしまうのだ。ただいまぁ。
(※書き手はクボタ)


●『アップルリンツァー』 4×11cm 高さ2.5cmほど。
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幸いなことにピーター・ジョンさんがお店に居合わせた。
最近はチョコレート作りで忙しく、別に構えている工房にいることも多く、アポ無しでふらっと行くので会いにくくなっている。とてもラッキー。

ピーター・ジョンさん、お客さんと特別注文のケーキか何かの打ち合わせ中。ケーキを品定め、注文してお勘定を済ませていると、ちょうど打ち合わせ終了。
顔を上げた彼と目が合うと、にっこり、いつもの“お元気ですか”。
晴れやかな笑顔が嬉しいですね。こちらも“お元気ですか”を返すと、“ちょっと疲れた”と渋い顔。

そりゃ、3軒も店を持てば疲れもする。しかも年末だったしね。仕事を任せられる弟子を育てないと疲れるばかりだよ(最近、どこの店でも弟子の養成の難かしさを聞かされる。任されるほどに成長していないのに、レシピを一通り体験すると分かった気になって次の店へ行こうとするらしい。レシピだけならいくらでも本があるんだけどな。せっかく直にシェフに教えてもらうというのは精神を学ぶことだということがすっかり抜けているのだという。あぁ!)。

前置きが長くなったけど、ピータ・ジョンさん、どういう発想でこのケーキが出来たかを問う「パイ日和」の質問をいたく気に入ってくれている。

このケーキは『リンツァートルテ』を焼く予定だったのに、スタッフが生地にシナモンを入れるところにジンジャーを入れてしまったことから始まったとか。
『ベイクウェルプディング』のように、失敗から生まれた作品なのだ。
そのままではリンツァーに使いようがない。だけど生地を食べてみると案外美味しい。捨てるのはもったいない。そこから試行錯誤。リンゴのコンポートを合わせてみて、方向性の正しさを確信した後も、コンポートの濃度調整で四苦八苦。

彼のケーキの真髄は微妙なバランスにあるので、最終形に至るまでが苦難の道。
その結果得られるのが、オリジナル作品でありながら、古典菓子のような当たり前の顔をした落着きのある味わい。裏切られることのない安心感。研ぎすまされていながら緊張を強いられることのない寛ぎ。見事な創作力というしかないね。

シナモンをジンジャーに、ラズベリーをリンゴに置き換えたリンツァーの変形ヴァージョン(ジンジャー入りタルト生地、皮付きクレームダマンド、リンゴのコンポート、斜め縞の生地)。
ジンジャーもリンゴもほんのりとした味わいに止めることで、生地のふっくら感、じんわりとした甘さが楽しめるようになっている。このベースがリンツァーなのだと再確認させられる。

けしてシナモン風味がそれではないのだ、と本家に面と向かって切り込んでいる力強さがある。
ジンジャーはほんわかと少し口の中が温かくなるかなというレベル。かすかな香りがリンゴの味わいを深くしている。
リンゴの香り、コクを楽しませながら、生地を覆ってしまわないベストバランス。上手だなぁ。



ピーター・ジョンさんの味を“クリアー”だと誉めると(前回「パイ日和・おまけ」2010年11月4日で書いています)、“分かり易いでしょ”と言う。クリアーを“澄んだ”の意味で使ったんだけど、彼は“明確”と受け取ったのだ。そう、clear には両方の意味がある。
最近の多くのシェフがケーキを複雑にしすぎて、絵具を混ぜ過ぎると濁って終いには黒に近付くのと同じように、重く濁ったイメージになってしまうケースが結構多い。
それに反して、ピーター・ジョンさんの創作は多くて4つ程度の材料の競い合いまでに抑制されている。おかげで濁らず澄んでいると同時に、彼が何を味わわせたがっているのかがクリアーに伝わってくるのだ。
最近彼は、あるコンテストの優勝作品を食べさせてもらったそうだが、ルセットによれば12ものパーツ・材料によって組み立てられているらしいのだが、“食べて美味しかったんだけど、うーん、ミルクチョコは分かるけど ”と困惑気味。
“昔、先輩からお酒を使ったら使ったことがはっきり分かる使い方をしなければ”と習ったそうだ。彼の作るものはこの教え通り。
はっきり分かることの快感に支えられている。そしてそれが、特別のレベルに高められた洗練の極致にある味わいなのだから。ああ溜め息が出る。



●『アップルリンツァー』410円

●「ブロードハースト」
 大阪市中央区玉造2-25-12  TEL06-6762-0009  定休日/月曜

※ブログ「パイ日和・おまけ」(http://pie-omake.at.webry.info/201101/article_1.html)にも、このお店のケーキを紹介しています。よかったら、どうぞ。