ラ・ベカス (3) 『スッポンのパイ包み焼』

言わずと知れたフレンチの名店。寡黙でありながら雄弁、という不思議な魅力をもった渋谷シェフの魅力そのままの料理が人を惹き付けてやまない。素材の力を信じればこそ、最小限の手を加えるにとどめてシンプルな皿で供される料理は、逞しく食べ手を圧倒する。
そのような数ある定番料理のなかから、今年は『スッポンのパイ包み焼』がクローズアップされた。


●『スッポンのパイ包み焼』
スッポンといえば日本、中国などアジアの素材であってフランスには存在しない。
『海亀のスープ』のアレンジかと思ったら、お手本にしたのは日本のスッポン料理、“丸鍋”。
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味の詰め方、香辛料としての生姜の使い方。それだけのエッセンスを引き出すと、異質の素材スッポンを自分のステージであるフランス料理の世界に引っ張り込んだ。
フランス版の小鍋仕立てともいうべき、スッポンのスープのパイ包み焼となっての登場だ。

スッポンを丸ごとを2時間、オーブンでじっくりと煮る。身をほぐして小鍋に肝臓や卵、エンペラなども含めて全身の身を入れる。スープは以前にとったスープで炊かれるので凝縮された味わいを持っている。そこへ生き血とわずかに生クリーム、トマトが加えられる。パイ生地で覆ってふたたびオーブンへ。パイが色付き、しっかり浮けば仕上がり。

画像なんともシンプル。スッポンの濃厚なスープと強烈な生姜の風味が絶妙。しっかり玩味していると、かすかにトマトの味わいが遠くでしているのが分かる。パイの芳ばしさもよく合うし、パイにスープを吸わせて食べるとさらに旨みが増す。
身の味わいは、筋肉部分はほとんどスープの味わいと共通。むしろ肝臓、卵、エンペラなどが異質の味わいを持っていて、小さな鍋のなかで幾種類もの変化が楽しめるという嬉しさがある。

常連のなかには毎回注文する人もいるという知る人ぞ知る、隠れた人気メニュー。食べている間に汗をかく人が多い、身体を温め、元気にしてくれる料理のようだ。現にわれわれも寒がりで冬の間手袋が必須なのにもかかわらず、食後、店を出ても手袋不要だった。美味しさ以外にも効用のある料理。常連さんだけに独り占めさせるのはもったいない。
“πにひっかけて丸”というだけに終らない、身体に無限の力を与えてもらったような気にさえなる、力強い料理だ。

普通の料理人はオリジナリティにこだわって、なにか新奇なことを加えようとしてしまう。それこそが自分の存在意義だと肩を怒らせてしまう。
しかし、渋谷シェフはつねに素材の美味しさ、自然な持ち味に忠実。特殊な技を使わず余計な飾りもない分、寡黙に見える皿。いったん口に入れて、素材の魅力を100%味わわされてみると、その技がどれだけ雄弁かを知ることになる。敬服に値する料理だ。



●『スッポンのパイ包み焼』コースの前菜として選択可能 アラカルト5800円 ※どちらの場合も要予約

●「ラ・ベカス」
 大阪市中央区高麗橋4-6-2銀泉横堀ビル1F  TEL06-4707-0070  定休日/日曜