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zoom RSS ★トップパティシエの眼光(第8回 )「パパジョンズ  チャールズ・ローシェ オーナー」 

<<   作成日時 : 2013/02/28 11:08   >>

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トップパティシエの眼光(第8回 ) 

「パパ ジョンズ(1990年オープン)   チャールズ・ローシェ Charles Roche(1948年生)オーナー」





      フランクさ、ユーモア、奉仕の精神が横溢





◆家庭環境に恵まれ、自然に鋭敏な味覚が身に付いた◆

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チャールズ・ローシェは1948年、アメリカ合衆国、コネチカット州に生まれ、すぐにニューヨークに移った。
お母さんはイタリア系で料理上手。親戚や近所の小母さんたちにも料理自慢がいて、小さい頃から美味しい家庭料理に親しんでいた。
そして、家族でテーブルを囲む時間が一番大切にされていたという。日々の楽しい食事は、家族の絆を深めるだけでなく、美味しい食事が心を豊かにし、大らかな人格を形作る。
ローシェの場合、まさに、現在のユーモア溢れる人柄は、美味しい料理への関心と味の探求心が育てたと言えそうだ。

アメリカというと日本では大味という定評が出来てしまっているが、それは多民族国家の宿命としてマスセールスを考える場合、さまざまな好みの平均値を取らざるをえないからだ。
日本人が短絡的に意識しがちなアメリカの味とは、そのようなマスセールスの食品だ。

ところが、ローシェの場合、人種の坩堝と言われるニューヨークに暮らしていて、住まいから徒歩5分以内のところににイタリア料理はもちろん、中華料理、ドイツ料理など、さまざまな国の民族料理(いわゆるエスニックフード。ヨーロッパの諸民族料理も当然含まれる)の店がいくつもあり、さらに、地下鉄に乗れば1時間以内で考えられるかぎりのエスニックレストランに行くことができ、それぞれその出身者が言葉も訛りを残したまま営業していた。
料理はその土地の出身者のためのものであり、一切アレンジのない本物ばかり。ローシェは幼少の時から、イタリア料理に限らず、さまざまな本物に慣れ親しんでいたのである。

ということで、「パパジョンズ」の味は生粋のアメリカの味であって、しかも繊細な美味しさを兼ね備えている。
それは矛盾でもなんでもなく、アメリカは広い、アメリカ人はさまざまだということを物語っているに過ぎない。
今回は「パパジョンズ」の味の紹介だけでなく、その背景となる文化に軽く触れる形で進めたい。




◆来日のきっかけと最初のカフェ◆

ローシェがはじめて来日したのは、当時流行っていたバックパックの世界旅行に出掛け、インドからアメリカへ帰る途中で立ち寄った1970年に遡る。もう40年以上昔のことになる。
最初に訪れたのは意外なことに、四国の松山。船に乗る時にジャックダニエルを買って、なけなしのお金を使い果たし、日本でアルバイトをして、その先の道を探さなければならない状態だった。同じ船の乗客に松山のナイトクラブの経営者と知り合いという人物がいて、そこでアルバイトができると聞いて、まっしぐらに四国を目指したのだった。
無事、勤めることが出来、一安心。松山に腰を落ち着け、バーテンダーの仕事をしながら夜の女性たちの生態を垣間見た。男を手玉に取る様子に目を丸くしてしまった。アメリカを出発したときはまだ19歳。そういう場所に出入りしたことのない、まだ初な青年だったのだ。

と話しながら目を丸くしてみせる。聞き手を楽しませずにはおかない愉快な話しぶり。だじゃれを言うわけでもなく、下ネタに落ちるわけでもない。つねに紳士の話しぶりなのに、ジョークを交え、笑いに包まれる。

旅費稼ぎのつもりが、すっかり日本に馴染んでしまって、結局、2年間暮らすことになった。その間に日本の工芸に魅せられた。元々、アメリカでも家具・木工の仕事をしていた関係もあり、とくに組木細工に興味をそそられた。
再来日して、興味はさらに深まり、漆に取り憑かれ、ついに漆工芸の職人になってしまう。誰もが通る道として、激しくかぶれる体験もした。
いつしか日本語も覚え、夫人の美枝子さんと結婚もし、子供も出来、すっかり京都に根を下ろし、日本の伝統世界の人になり切るのかと見えた。

しかし、味覚だけはアメリカ育ちのローシェの中にうずくものが残りつづけたのだった。
その満たされない思いと、誰もが抱くような“いつか自分好みのカフェを持ちたい”という漠然とした夢が、むくむくと頭をもたげ、ついに85年に「ナックルズ」という名のカフェ、アメリカでいうところの“イータリー eatery (気楽な食堂)”を大徳寺の西にオープンすることとなった。
現在の「パパジョンズ新風館店」のようなサービス内容だが、カウンターとテーブル6席というこじんまりした店だった。
ラザニア、ナチョス、サンドイッチなど、子供時代から馴染んだ味の料理と手作りのデザート。
イタリア料理だけでなく、まだ誰も言葉を知らなかったテキス・メキス料理なども含まれ、カフェ・ブームが到来する以前に、今から見ても魅力的なメニューを提供しており、その多くは今でも新風館店の「パパジョンズ・イータリー」に引き継がれている。「ナックルズ」は経営を人に譲ってからも長く人気を博していたが、今は閉店している。

30年近く前は、現在の流通環境とは異なり、食材が豊富ではなく、手に入らなかったり、異常に高かったりした時代。たとえばピーカンナッツはケース単位でしか発注できなかったが、今では1kg単位で購入できる、という大きな違いがある。だから、「ナックルズ」は高い店だったが、ちょうどバブルの時代だったことも影響したかもしれないが、味の良さから値段に関係なく順調に受け入れられた。
立派なオーナーシェフというべきなのだが、本人は「メニューはすべて家庭料理。素人の手作りであって、シェフなんてとてもとても」と謙遜する。
だが、よく考えてみると、この“素人”はプロの料理人よりも上なのだ。プロは手早く平均して優れた料理を作れるし、開発も早い。でも、素人の自慢料理に及ばないことがある。素人でもこの1品だけはどんな優れた料理人にも負けないという料理があるものなのだ。
「本物を知っているものしか作らない」の言葉通り、ローシェが行っているのが、まさにそういう自慢料理のレシピの収集。お母さんの、小母さんの、時には有名シェフのレシピを伝手を使って聞き出したりしたものも含まれる。それらはすべて素人が再現可能のものだ。
だから、あくまで素人とというローシェが店を流行らせることができたのだ。

「うーん、でもフードビジネスは難しい」。いくら料理が美味しくても、店の存在を知らせることは簡単ではない。美味しい料理でも好みは分かれる。すべての人に知ってもらい、すべての人に好かれるというのは無理な相談だ。ここから、今にもつづく経営者としての苦労が始まったのだった。
つねに自信溢れる菓子と料理を提供しているが、すべてがヒットというわけにはいかない。メニューから降ろさざるをえないものもある。復活させてうまく行く時もある。
不安を抱えながらも自信を持って臨まなければならないのが、フードビジネスの定めだ。




◆アメリカという国◆

ローシェは3度、車でアメリカの大陸横断を行った経験がある。交替のドライバーがいれば、最短3日で横断できる。
しかし、一人だとあまりの単調さに耐えられず10日はかかってしまうという。一度同乗した美枝子夫人は、地平線にわずかに山脈の起伏が張り付いている永遠不変とも言えそうな景色に「空が広すぎて怖いくらい」と言ったそうだ。どこまでも一直線の道、行けども行けども変わらない景色。
日本、とくに周囲を山に囲まれた京都からは想像できないスケールの大きな土地なのだ。4、5月には砂漠にいっせいに花が咲き、とても美しい自然に包まれるという。
日本ではアメリカの都市文化ばかりが紹介されているけれど、アメリカの大半は茫漠たる大自然であり、巨大な農地。東西3800km、南北1900kmにおよぶ広大な面積を持つ一大農業国、それがアメリカである。

その証拠に各州でステートフェアが行われている。農産物の品評会でエキシビションとも呼ばれている。トラクターによるレースがあったり、豚の鳴き声を真似るコンテスト、ロデオなどエンターテインメントも盛りだくさん。州の隅々からフェアの行われる中心都市に農民たちが集まってくるのはもちろん、今では、さまざまな国から観光客を集める一大イベントにもなっているほどだ。
そこで必ず行われているのが、特産品を使った料理やお菓子のコンテスト。腕自慢の主婦たちが誇りにしている農産物をより高く評価してもらえるように、腕によりを掛けて作り上げた料理やお菓子。人口3億人を超えるアメリカで毎年毎年このようにしてトップクラスのレシピが集められている。
もちろん、優勝したレシピであってもピンからキリまで。そのような中からクラシックとして生き残ったレシピを集めた本に“ブルーリボンレシピーズ”というものがある。農業国アメリカの食文化の上澄み部分ということができるだろう。
アメリカにはコンテストに出品するような腕自慢の主婦のネットワークで商売をする人までいるというのだから、ステートフェアの浸透度、信頼度というものは大したものなのである。

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「パパジョンズ」の商品ではクッキー類で何種類か“ブルーリボンレシピーズ”を参考にしているものがあるそうだ。
すべてを真似するのではなく、これぞと思ったレシピを基本にして、あくまで自分の気に入った味わいにアレンジをして店に並ぶ商品になる。

というように、アメリカは新興国ではあっても、その食文化に豊かな農業文化の背景があり、多くの家庭で、簡単にパイの料理やお菓子が作られている。日本に置き換えれば、各家庭でそばやうどんを打っていることに相当するかもしれない。
もちろん、一方で巨大なフードサービスのチェーン店があり、インスタント食品、冷凍食品が日常食の中心を占めているという事実もある。それでも、意識的に伝統を守るということについて、日本よりはるかに熱心なのではないだろうか。
農文協という出版社から各県の伝統食をまとめた本が出版されたけれど、それがベストセラーになったという話を聞かない。県民だれもがそれを知っているから、あえて本を買う必要がない、ということではないだろう。B級グルメなどの作られた流行はあるけれど、とても、日本人が食のことを真剣に考えているとは思えない。
アメリカを大味といって切り捨ててしまう人の味覚の基本を聞いてみたい。笑ってしまうほど、底が浅そうな気がする。

話がそれた。ローシェならびに「パパジョンズ」のことに話を戻そう。




◆「パパジョンズ」のお菓子◆

ローシェの菓子の技術は家庭で母親を手伝った経験くらいのことで、どこかで修業したような経験は一切ない。ただ、漆職人を目指した経験があるだけに、緻密な作業といもののレベルはよく分かっているだろうし、わずかな手抜きが大きな差を生むこともよく知っているだろう。
「パパジョンズ」のお菓子の味ははじめに言ったように、アメリカ的な濃厚さ、強さと共に、繊細さに貫かれていることに大きな特色がある。

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たとえば、店の看板商品である『ニューヨークチーズケーキ』。
これは母親が作ってくれ、幼少の頃から馴染んでいるローシェ家の味を再現したもの。
砕いたグラハムクラッカーにシナモンを加えた生地に、濃厚なチーズ生地を流して焼き上げ、底に敷いたものと同じものをトッピングする。いたってシンプル。
だが、その二つのパーツのどちらも負けず劣らず美味しい。クラッカー生地とチーズ生地、それぞれに存在感を主張しつつ、味わいが一つに溶け合っている。バランス感覚が繊細この上ない。
チーズ生地の砂糖だけは1/2に抑えたそうだ。それは日本人向けというより、自分でも甘いと思ったからだ。大人にもなっているし、時代も豊かになって運動量も減っている。求められる甘さも自ずと変化する。

濃厚なベイクドチーズケーキの美味しさを知らしめたことも称えなければならないが、このケーキの素晴らしさは、グラハムクラッカー生地のシナモン風味、そのスッキリ感。このちょっとした工夫一つによって、食後の後口の爽やかさがもたらされた。
さらに、トッピング部分はサクサク感が保たれ、食感のアクセントが加えられ飽きさせない
この二つが『ニューヨークチーズケーキ』が名品として長年親しまれることになった要因ではないだろうか。

「オープンの時、試作品を食べて貰った飲食業界の人からは、『この濃厚さでは無理』と言われたんだけどね」、としたり顔。このケーキが好きなあなたなら僕のこの気持ちは分かってくれるよね、と満足感溢れる表情をしてみせる。
甘さを控えるところなど、味覚が日本人化しているのでは、という懸念は自分でも持っていて、アメリカ人が来るごとに、味覚のチェックをしてもらっているという。その結果、つねにアメリカ的味覚を維持しつつ、アメリカ以上に美味しいものを作っているという評価に自信を深めている。

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もう一つの看板商品『ピーカンナッツパイ』(現在、生地のサクサク感を大切にするため予約制)。
これはアパレイユにコーンシロップをたっぷり使うのだが、そのコーンシロップのメーカー、カロ Karo 社の瓶に書かれているレシピを元にしている。
このお菓子についてはいっさい糖分を控えていない。コーンシロップを煮詰めた際の特有の美味しさこそが魅力だから。それが無かったら「ノンアルコールビールのような意味のない食べ物になってしまう」という。

テキサス(ピーカンナッツを州の木に指定している)から来た人に食べてもらおうとしたら、ピーカンナッツパイは母親が作ったものしか食べないと言い張る。それを無理に食べさせたら、母親のものより美味しいと、いっぺんに宗旨替えしたほどだという。ほらねと、ニッコリ。
たしかにコーンシロップの黒糖を思わせるような濃厚なミネラル感と強い甘さに、ぎっしり並んだピーカンナッツのカリ、シャク感、そしてクルミより淡白な味わいと芳ばしさがアパレイユとピッタリ合っている。
「メーカーもどこより美味しいレシピを紹介しないと商売にならないからね」と、いいところに目を付けただろと言いたげに、微笑む。

家庭の味の集大成である“ブルーリボンレシピーズ”はいろんなレシピブックに引用されるほどのクラシックの位置にある。そして、いろいろな形ですぐれた家庭の味が受け継がれている。
このKaroのレシピもそうした無名の家庭の主婦のレシピであった可能性を否定できないだろう。

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ぜひ復活させてもらいたいのが『ルイジアナパンプキンパイ』。
クラスト生地にミルクで炊いたカボチャのペーストを載せて焼く。ペーストに加える香辛料が格別なのだ。カルダモンをメインにシナモンとナツメグ。なんとも気品溢れる深い香り。これもローシェ家に伝わる味だ。

このような香辛料の使い方は一般的なイタリアンやフレンチにはない。インドやアラブの香辛料先進国の影響と考えるべきだろう。
一般家庭にこのような味が定着するということが、エスニック料理に簡単に触れられるニューヨークならではということだ。




◆「パパジョンズ」の料理◆

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料理でつねにメニューに載っているのは『ラザニア』『ピザ』『サンドイッチ』くらい。
メニューから落ちてしまった“パイ料理”シリーズなどは、ないことがもったいないほど美味しかった。
ポットパイでクラスト生地で蓋をしただけの姿が日本人のイメージするパイに見えなかったのかもしれない。今、手に持ってカジュアルに食べられるミートパイが流行しかけているので、ミートパイのスタイルに作りなおしたらヒットするかもしれない。


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そのなかでも『テキスメキスチリビーンズパイ』はすばらしかった。
唐辛子を少し利かせたホットな味わいで、ミンチの味とキドニービーンズ(赤インゲン豆)の味わいが溶け合った深い味わい。この味を作り上げたお母さんは大した料理人だ。ローシェ家の食卓がどれだけ豊かだったかが偲ばれる。
チキンマサラパイ』はカレー風味の煮込み料理。香辛料は汗をかくほどには使わない。
もう一つ『ベジタブルパイ』は、季節の野菜の蒸し煮。滲み出た野菜のジュースがともかく美味しい。

どれもクラスト生地を落とし込んで、スープを吸わせて食べるタイプ。スープを食べる時のパン代わりとなっている。スープの語源はこのパンのことを指していた、というから、クラシックな伝統に基づいた料理だとも言える。
アメリカは建国は新しく、移民文化ではあっても、明らかにヨーロッパの古くからの伝統に根ざした食文化が中心にあることが分かる。その器の中に、メキシコ料理やインド料理が自由に入り込んでいる。

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定番の『ラザニア』や『ピザ』などイタリアものは血筋なのか、やはり一番の安定感がある。
トマトソースにニンニクやオリーブ油をあまり使わないところが目を惹く。あくどさのないさっぱりした味わいのなかで、コクや旨味をしっかり抽き出しているところに料理の基本がしっかりしていることを感じる。
ニンニク、オリーブ油を使えば簡単にコクがでる。あえてそれをしないところに、自分の家庭の味への執着が感じられる。日常食として飽きの来ない味、大量に食べられる味が追求されていたのだろう。家庭料理ならではの工夫だ。


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ローシェはカレーも得意にしている。家庭で友人に振舞うこともあるという。店では、日替わりで『パパジョンズ・オリジナルカレー』のメニューがある。
食べたことがあるのは『豚の角煮入りトマトカレー』。角煮は中華風ではなく塩茹で、トマトカレーはほとんどトマトスープのような味わい。
あとから柔らかくじんわりと、熱くなってくる。その時、ようやくカレーだったのだと分かる。澄んだ味わいのポトフにトマトを入れ、ほんの少し香辛料を入れたという感じがする。
これこそ、家庭料理の余り物のアレンジ料理が発端ではないかと想像させる味だ。




◆美味しいアメリカは家庭にこそ◆

かつては自ら腕を振るっていたローシェだが、年を経て痩身長躯だったスタイルも、貫禄を帯びてきた。
毎日、相国寺本店、北山店、新風館店の3店を見回ることは怠らないが、現場を職人たちに任せて、最終判断だけを担うようになった。決定に先立って、美枝子夫人やスタッフの意見も参考にしている。取材した日も、『バナナタルト』の試作のアレンジを加えたという。
「職人たちにも自分を表現したい気持ちはあるだろうから」となるべく自由に作らせているという。自分は塩を強めにしがちだから、その点はなるべく意見を取り入れるようにしているそうだ。
ローシェの一番大きな役割は、そのお菓子や料理が真にアメリカ的であるかどうかを判断することにあるだろう。

これまで当たり前のようにアメリカ的という言葉を使ってきたが、はたして“アメリカ的”ということを定義できるのだろうか。
ヨーロッパの伝統的な味わいをベースに、農家の家庭料理の素朴さを備え、多民族国家ならではの、さまざまな料理のアレンジが自由に織り成される。テキスメキス、ケイジャン、インド、ギリシャなど。そして最近は日本料理もどんどん取り入れられている。その大いなる自由のなかで、どれだけアメリカ的であるかの判断をするのは困難だ。

しかし、ローシェの人柄を知ると、その混沌に少し形が与えられた気がする。
明るく大らかなユーモア精神。

店の壁面を展覧会用スペースとして無料で貸し出したり、フリートークの会場としてみたりする奉仕の精神。持てる者の立場に立って、自然に発揮しているノブレス・オブリージュの精神とも言えるだろう。
そして、初対面の人でも朗らかにもてなすフランクさ。私たちも彼と初めてあった時に、1時間以上、濃密で微笑みに満ちた時間を過ごした覚えがある。とても初対面とは思えなかった。帰り道、心が晴れやかになったことを思いだす。
この人柄からすると、彼のアメリカ料理はけして神経質であってはならないだろう。シンプルに美味しいもの。家族の一員としてもてなすための飽きの来ない味。
おそらくチャーミングなチャールズを育てた、ニューヨークのローシェ家の食卓をつねにイメージしているのではないだろうか。家族の笑顔が見える料理であるかどうか、それが決め手なのだろう。
どの料理からもお菓子からも、そんな歓びが伝わってくるのだ。





※敬称略/このシリーズはインタビューを基にオリジナルに構成したものです(取材・執筆・撮影 久保田僕) 文責:日本パイ協会 



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